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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)6415号 判決 1960年10月10日

原告 東伸ブロツク工業株式会社

被告 石垣貞一 外一名

主文

1、被告石垣は原告に対し金一〇一〇一三円およびこれに対する昭和三三年九月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2、原告の被告石垣に対するその余の請求および被告大田に対する請求を棄却する。

3、訴訟費用は、原告と被告大田との間においては、全部原告の負担とし、原告と被告石垣との間においては、原告について生じた費用の二分の一を原告の負担とし、その余の費用を五分し、その一を被告石垣、その四を原告の負担とする。

4、この判決は第一項に限り原告において金三万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

原告は、

「被告らは、各自原告に対して金五二六五〇〇円およびこれに対する昭和三三年九月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告らの負担とする。」

との判決と仮執行の宣言を求め、

被告らは、

「原告の請求を棄却する。」

との判決を求めた。

第二原告の請求原因

一  原告と被告石垣との請負契約とその代金の一部支払

1、原告は昭和三三年五月三〇日被告石垣と東京都品川区上大崎一丁目四六八番地に屋上鉄筋コンクリート葺ブロツク建二階家一棟建坪八坪、二階六坪二合五勺を工事代金八二六五〇〇円で建築する請負契約を締結した。

なお、右請負代金は次のとおり分割して支払うことを約定した。

第一回 金二〇万円 右契約成立のとき

第二回 金一〇万円 基礎工事打上りのとき

第三回 金三〇万円 上棟のとき

第四回 金二二六五〇〇円 工事完成引渡のとき

2、原告は、被告石垣から同年五月三〇日右請負代金のうち第一回分金二〇万円、同年六月六日第二回分金一〇万円の支払を受けた。

二  被告石垣に対する請負代金請求

1、原告は昭和三三年六月二七日右建物の上棟をしたが、被告石垣は右上棟の際支払うべき第三回工事代金三〇万円を支払わない。

2、被告石垣は昭和三三年六月二九日第三回分の工事代金三〇万円を請負代金を受領する権限のない原告の従業員であつた被告大田に支払い、同被告は右金員を原告に引き渡さなかつたので、原告と被告石垣との間に同年七月三日右代金支払に関する紛争が解決するまで本件工事の進行を止め、建築現場内に原告と被告石垣以外の者の立入りを禁止することを約定し、原告は同年七月七日被告大田を解雇し、その旨を被告石垣に通告した。

しかるに被告石垣はその後工事中止の約定に反して被告大田を使用し、原告の本件工事のため買入れた資材を使つて右工事を続行し、同年七月一六日本件工事を完成し、被告大田から右建物の引渡を受けた。

3、以上のとおり、被告石垣の責に帰すべき事由によつて、原告の請負契約上の債務が履行不能となつたものであるから、原告は被告石垣に対し請負代金請求権を失わないものである。

4、よつて被告石垣に対し未払の請負代金第三、四回分合計金五二六五〇〇円と本件訴状送達の後である昭和三三年九月六日から支払ずみまで年五分の割合による遅延利息の支払を求める。

三  被告大田に対する請求

1、不法行為

原告は、被告大田を本件工事の現場監督として雇用していたところ、同被告は昭和三三年六月二九日原告のために本件工事代金を受領する権限がないのに、このような権限があるように被告石垣を欺罔して同被告から第三回工事代金三〇万円を受領してこれを原告に交付せず、更に同年七月三日原告と被告石垣との間で本件工事を中止する合意をしたことを知りながら、同月五日頃から勝手に原告の資材を使つて前記請負契約に基く工事を続行し、同月一六日被告石垣から請負残代金二二六五〇〇円を受領した。

以上の被告大田の行為は、故意又は少くとも過失により原告の前記請負契約に基いて受くべき報酬債権を侵害したものであつて不法行為を構成する。

原告は被告大田の右不法行為により報酬債権五二六五〇〇円を失い、これに相当する損害を受けた。

よつて五二六五〇〇円およびこれに対する弁済期の後である昭和三三年九月六日から支払ずみまで年五分の割合による遅延利息の支払を求める。

2、不当利得

仮に被告大田の行為が不法行為を構成しないとしても、被告大田は昭和三三年六月二九日被告石垣から原告が支払を受くべき第三回分の請負代金三〇万円を受けとつて、これを原告に交付しないので、結局原告が右の代金請求権を失つたのであるから、被告大田は原告の損失において金三〇万円を不当に利得したものである。

よつて、悪意の受益者である被告大田に対し金三〇万円とこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和三三年九月六日から支払ずみまで年五分の割合による利息金の支払を求める。

第三被告石垣の答弁、抗弁

一  原告の請求原因第一項の事実と昭和三三年六月二七日本件建物の上棟がなされたことは認める。

二  第三回工事代金の弁済

1、原告は昭和三三年六月二九日原告の代理人被告大田に対し第三回分の本件負請代金三〇万円を支払つた。

被告大田が原告のために本件請負代金の弁済を受領する権限を有していることは次の事情により明白である。

(一) 原告は当初本件請負工事代金を坪当り五八、〇〇〇円という申入をし、被告石垣は、その減額を申入れ、折衝中であつたが、原告は昭和三三年五月二〇日その社員である被告大田を被告石垣方に派遣して請負代金の折衝をさせた。

被告大田は同日原告の代理人として従前の折衝の基礎となつていた仕様書中の玄関部分の仕様を訂正し、なお、従前除外されていた水道、電気各工事をも含めて本件工事を金八二六五〇〇円で請負うことを承諾し、更に二、三日後には被告大田は原告の代理人として被告石垣との間に右工事代金の支払方法を原告主張のとおりにとりきめたのである。

そして被告石垣と被告大田との間にとりきめた諸事項を被告大田においてとりまとめて契約書に作成し、被告大田立会の上原告会社代表者上林国雄と被告石垣とが調印し、第一回分の工事代金二〇万円の授受を了したのである。

(二) 被告石垣は第二回分の工事代金一〇万円と本件工事に要した設計費七〇〇〇円のうち被告石垣の負担分三五〇〇円とを原告会社代表者と被告大田の両名に交付した。

(三) 上林国雄は本件工事現場に来たことはなく、被告大田は昭和三三年六月一日本件工事着手以来終始工事現場におり、原告の代理人として、左官、大工の雇入れ、これらに対する賃金の支払、必要資材の購入、代金の支払など工事全般の事務を処理していた。

2、仮に被告大田が原告の代理人として本件工事代金を受領する権限がなかつたとしても、前記1の(三)のように同被告は原告の現場代理人として、権限を有し、しかも1のような諸事情があつたのであるから、被告石垣が被告大田に第三回工事代金を原告の代理人として受領する権限があると信じて支払つたことについては過失がないから、被告石垣の弁済は有効である。

三  合意解除

1、原告の請求原因第二項の事実のうち、被告石垣が被告大田に対する本件工事代金三〇万円の支払に関する紛争があつたので、昭和三三年七月三日原告と本件工事をひとまず中止することを合意したことは認めるが、これは単に被告大田が受領した工事代金を原告に交付させる手段としてなされたものである。

2、被告石垣は同月四日同被告方で上林国雄とその子崇浩、被告大田と会合した際、右三〇万円支払に関する紛争は、原告と被告大田との間で話合いで解決し、本件工事の完成をいそいで貰いたいと申し入れ、原告と被告大田の同意を得た。

しかるに同日夜上林国雄から電話で被告石垣方にいた被告大田に対し、原告と同被告との話合いに上林崇浩をも参加させるよう申し入れ、被告大田からこれを拒否されたところ、それでは話合いによる工事進行は不可能であるから各自がそれぞれ自由行動をとるより外にないというに至つたので、被告石垣は上林国雄に対し「残工事を他の者にまかせ、工事を進行させるが、異議がないか」と確かめたところ、同人は勝手にすべしということであつた。

以上によつて、原告と被告石垣との間において、原告は当日までの工事中の建物の所有権を被告石垣に譲渡し、本件請負契約を将来に向つて解除する契約を締結したものである。

四  権利の放棄

仮に右の契約が認められないとしても、原告は以上により当日までの工事中の本件建物の所有権を被告石垣のために放棄し、かつ、本件請負契約に基く報酬請求権を放棄したものである。

五  民法第五三六条第二項但書に基く利得償還

仮に被告石垣の責に帰すべき事由により、原告の債務が履行不能となつたとしても、被告石垣は昭和三三年七月五日被告大田と本件工事の残工事を代金二二六五〇〇円、工事完成時期は同月一五日、工事完成して引渡のとき代金を支払う約の下に請負契約を締結し、被告大田は右契約に基き同月一五日右残工事を完成し引渡をしたので、被告石垣は被告大田に代金二二六五〇〇円を支払つた。

そして被告大田は右残工事の施行につき、別表(二)のとおり金二五八五八三円を支出している。なお、被告大田が右工事につき原告の資材を使用したことはない。

従つて、原告は本件請負工事の残工事をすることを免れたことによつて、第四回工事代金以上の利益を得ているのであるから、結局原告は第四回工事代金請求権を有しないのである。

第四被告大田の答弁

一  原告の請求原因第一項の事実は認める。

二  同第三項の事実のうち(イ)被告大田が原告の従業員であつたこと、(ロ)被告大田が昭和三三年六月二九日被告石垣から原告主張の第三回工事代金三〇万円を受領したこと、(ハ)被告大田が同年七月五日本件建物の残工事をしてこれを完成したことは認める。

三  被告大田は昭和三三年五月二五日頃原告会社代表者上林国雄から、当時被告石垣と折衝中の請負工事は値段が安くて、原告として直接工事をやりたくないから、金一〇万円の名義料を支払うことで被告大田が個人としてこれを下請して建築しないかという話を受けた。

被告大田はこの申出を承諾し、原告の代理人として被告石垣と折衝し、同被告と原告主張のとおりの請負契約を締結した。

その後被告大田は原告と被告石垣が原告に支払う工事代金のうち、原告は第一、二回分の支払があつたとき金三万円、第三回分の支払があつたとき金三万円、最後の分の支払があつたとき金四万円を名義料として取り、その余の工事代金は被告大田の工事代金として原告が保管し、その代金のうちから被告大田の指図に従つて本件工事に要する費用を支払うことを契約し、なお、原告の車輛を利用した場合の運搬料、原告の仮枠等の資材を使用した場合の損料などもとりきめた。

そこで被告大田は本件工事に必要なブロツクの購入を原告に委任した外は、自らの名義において必要資材の購入、職人の雇用をして本件工事を施行し、昭和三三年六月二七日上棟を行つた。

被告大田は下職や資材購入先に対しては、上棟の時に報酬や代金を支払うことを約していたのであるが、原告会社代表者上林国雄は本件工事の上棟の予定を事前に知りながら、その頃旬日にわたる旅行に出て被告石垣が用意していた第三回工事代金を受領しなかつた。

被告大田は前記支払の必要に迫られたので、かねて原告から原告と被告石垣との契約に基く工事を遂行するに必要な権限を与えられていたので、原告の代理人として被告石垣から前記のとおり第三回工事代金三〇万円を受領したのである。

右三〇万円のうち、原告の名義料として支払うべき金三万円の外は、被告大田において本件工事の費用に当てることのできる金であるから、被告大田はその費用として別表(一)のとおりの支払をした。

四  昭和三三年七月四日原告と両被告との三者間で今後本件工事は、被告石垣と被告大田との契約で実施することに合意し、被告大田は同日被告石垣との間に同日までに出来ている本件建物を代金二二六、五〇〇円で当初の原告と被告石垣との間に締結された契約どおりの建物に完成する請負契約を締結した。

被告大田は被告石垣との右請負契約に基く工事を完成し、これを同被告に引渡した。

被告大田はその工事費用として別表(二)のとおりの支出をした。右工事に原告の資材を使用したことはない。

五  以上のとおり、被告大田の行為は原告に対し不法行為を構成しないし、原告の代理人として受領した金三〇万円についても不当利得はない。

第五原告の被告らの主張に対する反論

一  被告石垣の抗弁について

1、被告石垣が昭和三三年六月二九日被告大田に金三〇万円を交付したことは認めるが、被告大田が原告の代理人として本件請負代金を受領する権限を有したこと、また被告石垣が被告大田に原告を代理して右工事代金を受領する権限があると信ずるについて正当な理由があり、かつ、過失がなかつたとの主張事実は否認する。

原告は被告大田を本件工事の現場監督員として、原告と被告石垣との本件請負契約に立会せ、本件工事施行の監督をさせたに過ぎない。

2、被告石垣の合意解除、権利放棄の各抗弁事実は否認する。

3、被告大田が昭和三三年七月四日被告石垣と本件工事の残工事を代金二二六五〇〇円で請負つたことは認めるが、被告大田が右残工事に別表(二)の支出をしたことは否認する。

二  被告大田の主張について

1、原告が被告大田とその主張のような下請契約を締結したことは否認する。

2、被告大田が被告石垣から受領した三〇万円の使途として主張する事実は否認する。

被告大田が昭和三三年七月四日被告石垣と本件工事の残工事を代金一二六五〇〇円で請負つたことは認めるが、被告大田が右残工事に別表(二)の支出をしたことは否認する。

第六証拠

原告は

甲第一ないし第六号証、第七号証の一、二第八ないし第一五号証、第一六号証の一ないし一六を提出し、

証人上林崇浩、同藤城正勝、同宮島正夫の各証言、原告会社代表者上林国雄尋問の結果(第一、二回)を援用し、

「乙第一、二号証、丙第一号証の成立を認める。その余の丙号各証の成立は知らない。」と述べた。

被告石垣は

乙第一、二号証を提出し、

証人黒田うめ、同黒田臣太郎の各証言、被告大田本人尋問の結果(第一回)、被告石垣本人尋問の結果を援用し、

「甲第一号証、同第三、四号証、第八号証の成立を認める。その余の甲号各証の成立は知らない。」と述べた。

被告大田は

丙第一、二号証、第三号証の一ないし二八を提出し、

証人嶋崎長吉、同大野貞一、同相沢訓佑、同菅原熊次郎、同宮下宝の各証言と被告大田本人尋問の結果(第二回)を援用し、

「甲第一、二号証、同第五号証、同第七号証の一、二、同第九ないし第一五号証、同第一六号証の一、三の成立を認める。その余の甲号各証の成立は知らない。」と述べた。

理由

第一原告と被告石垣との請負契約と代金の一部支払

原告の請求原因第一項の事実は当事者間に争がない。

第二原告の被告石垣に対する請求について

一  第三回工事代金三〇万円の支払について

昭和三三年六月二七日本件建物の上棟がなされたこと、被告石垣が同月二九日被告大田に対し本件請負工事の第三回分の代金として金三〇万円を交付したことは当事者間に争がない。

1、被告石垣は、被告大田が原告から本件請負代金を受領する権限を与えられていたと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

被告大田本人尋問の結果(第一回)には、これにそう供述もあるが、右尋問の結果と原告会社代表者尋問(第一回)の結果によれば、(イ)原告が被告大田を職業安定所の紹介で雇用したのは昭和三三年三月末であつて、本件工事の二ケ月前であること、(ロ)本件工事の第一、二回の工事代金合計三〇万円はすべて原告会社代表者上林国雄が被告石垣方に赴いて受領していること、(ハ)被告大田自身契約当初本件工事代金は上林崇浩が被告石垣方に取立に行くものと思つていたこと、(ニ)被告大田は原告会社名義の領収証を持つていたことはないことが認められ、かかる事情と弁論の全趣旨によれば、被告大田の前記供述は採用しがたいものである。

また被告大田の前記供述によれば、被告大田が被告石垣と本件請負契約について下折衝をするについて、原告からある程度自己の採量によつて個々の契約内容をとりきめる権限を与えられていたこと、本件工事の施行に必要な資材を自ら購入した事実を認めることができるが、これらの事実があつても、(イ)ないし(ニ)の各事情もあるので、右程度の事実から直ちに被告大田が原告の代理人として請負代金を受領する権限があつたものと認めることはできない。

2、次に被告石垣は、被告大田が原告の代理人として請負代金を受領する権限がなかつたとしても、被告石垣は、被告大田が原告の代理人として本件請負契約の締結その他工事の施行上必要な行為をする権限を有していたので、同被告が請負代金を受領する権限があるものと信じ、同被告に請負代金三〇万円を支払つたのであるから、その弁済は原告に対して有効であると主張する。

なるほど、被告大田本人尋問の結果(第一回)によれば、被告大田は本件請負契約締結前原告の従業員として被告石垣と折衝しある程度のことは原告の代理人として個々の契約内容を決定できる代理権を与えられていたこと、工事着手後は現場監督とし本件工事の施行に必要な資材の購入などの事務を処理していたことが認められるから、被告石垣が被告大田に金三〇万円を支払うに際して、同被告が原告の代理人として右工事代金を受領し得る権限を有しているものと信じていたものと認められる。

しかしながら、成立に争ない乙第二号証、被告石垣本人尋問の結果、被告大田、原告会社代表者の尋問の結果(各第一回)によれば、(イ)原告会社代表者が自ら被告石垣方に赴いて本件請負契約書に調印し、その際第一回の工事代金を自ら受領し、(ロ)また第二回の代金も右代表者が被告石垣方に赴いて自ら受領し、その都度原告会社発行の受領証を被告石垣に交付したが、(ハ)第三回目の工事代金の授受に際しては、被告大田だけが被告石垣方に行つて、原告会社代表者が関西に旅行しているので、月末の支払に困るから代金を支払つて貰いたい。原告会社の領収書ではないが、何時でも社長の帰り次第原告の領収書と換えるからといつて、原告会社とは全く関係がない「豊島区要町一の一五の九、大田ブロツク建築事務所、二級建築士大田昭二」名義の受取を交付しているに過ぎないことが認められるのである。

原告会社がいかに小規模の会社であるとはいえ、単に社長が旅行しているというだけの理由で原告会社の正規の受取証書の発行ができなくなるというようなことは通常は考えにくいことである。しかも証人上林崇浩の証言により認められるように、被告石垣は昭和三三年四月下旬頃から上林国雄の長子上林崇浩が原告会社の取締役をしていることを知つていたのであるから、被告石垣は正規の受取証書の発行不能の点について疑問を懐いて然るべきことであつた。

以上の諸事情から考えると、被告石垣が被告大田に原告の代理人として請負代金を受領する権限があると信じたことについては過失があつたというべきであり、右の支払は原告に対する弁済として有効とは認められない。

被告石垣は被告大田が右代金を原告会社に持参して、正規の原告会社の受取証書を持参してくれるものと信じたものとも認められるが、被告大田に原告の代理人として請負代金を受領する権限のあつたことの立証のない本件にあつては、被告石垣が被告大田に原告に対する代金の支払を委託したものと認めるのが相当であつて、かかる場合には被告大田が右代金を原告に交付して始めて弁済となるに過ぎないものである。

以上のとおり、被告石垣の第三回工事代金三〇万円を弁済したとの抗弁は採用することはできない。

3、ところで、被告大田は被告石垣から受領した第三回工事代金三〇万円を別表(一)のとおり、本件請負工事費用に充当していると主張しているので、この点について判断する。

この点被告石垣の訴訟代理人は明確には主張していないが、被告大田は、被告石垣の第三回工事代金三〇万円の支払が原告に対する弁済と認められない場合は、当然被告石垣から不当利得の主張を受けるのであるから、被告石垣の三〇万円の弁済の主張については、被告石垣を被参加人とする補助参加人の関係に立つものである。

従つて、被告大田の前記主張は、被告石垣のために判断さるべきものである。

第三者作成にかかり真正に成立したものと認める丙第三号証の一、三、六、七、一〇、二二、証人嶋崎長吉、同宮島正夫、同相沢訓佑、同菅原熊次郎の各証言、被告大田本人尋問の結果と弁論の全趣旨を綜合すれば、被告大田は昭和三三年六月二九日被告石垣から受領した金三〇万円を本件建物の上棟までの工事費用として、別表(一)(ただし、ガソリン代一八六一円を除く。)のとおり支払つたことが認められる。

なお、被告大田は、自己の使用したスクーターのガソリン代一八六一円も右工事代金の一部として支払つたと主張しているが、右ガソリン代が本件請負工事に必要な費用であるとの証明がない。

以上の費用合計一九八九八七円は、本件建物の上棟までの工事費用として支払われたものであるから、原告は被告大田の右支払によつて同額の利益を受けたものというべきである。

もつとも被告大田は前記支払先との契約を結んだものは、原告ではなく、被告大田であると主張するのであるが、第三者作成に係り真正に成立したものと認める甲第九ないし第一三号証、証人宮島正夫、同菅原熊次郎の各証言、原告会社代表者尋問の結果(第一回)と被告大田自身前記支払先に対する代金等の支払を担当する者は原告であることを認めていることを綜合すれば、被告大田は原告から下職の選定、購入資材の選択について或る程度まかされていたが、矢張原告の代理人としての資格において前記支払先との契約を締結したものと認めるのが相当である。仮に被告大田が原告の下請人としての資格において、前記支払先に対する支払をしたものとしても、同被告が本件工事の施行を進め、これに要する費用を支払うことによつて、原告は被告石垣に対する契約の履行ができるのであるから、この場合においても被告大田が工事費用を支払つた限度においてこれと同額の利益を受けるものというべきである。

4、従つて、被告石垣が被告大田に対してした三〇万円の支払は前記一九八九八七円の限度において、原告に対する弁済としての効力を有するものであるから、原告の被告石垣に対する第三回工事代金三〇万円の請求は、右の残額一〇一〇一三円の限度において理由があるが、その余は失当である。

二  第四回工事代金二二六五〇〇円の請求について

1、被告石垣が昭和三三年六月二九日被告大田に第三回工事代金三〇万円を支払つたところ、原告が被告大田には右代金を受領する権限がないと主張して紛争が生じ、同年七月三日原告と被告石垣とが本件工事の施行を一時停止することを合意したが、被告石垣は同月五日被告大田に本件工事の上棟以後の残工事を施行させ完成ののち、同被告から本件建物の引渡を受けたことは当事者間に争がない。

2、被告石垣は昭和三三年七月四日原告会社代表者上林国雄と本件請負契約を合意解除し、原告は当日まで工事中の本件建物の所有権を被告石垣に移転したとか、或いは原告が同日右所有権と本件請負契約に基く報酬債権を被告石垣のために放棄したというがこれを認めるに足りる的確な証拠がない。

証人黒田臣太郎、同黒田うめ、被告大田、被告石垣各本人、原告会社代表者上林国雄尋問の各結果(被告大田、上林につき各第一回)によれば、前記当事者間争ない工事中止の約定ができたのち、被告石垣は代金三〇万円の弁済に関する紛争は、原告と被告大田との話合いで解決し、工事を進行してくれるよう希望したところ、原告と被告大田との話合いに何人を立ち会わせるかで紛糾した結果話会いをする相談もまとまらず、結局被告石垣が上林に被告大田に残工事をさせるかどうかといつたところ、上林は勝手にすべしという程度の返事をしたものと認められるが、これらの経緯から見れば、上林の右返事は前記紛争を話会いで解決することを打切り、各自是とする途を進むより仕方がないという趣旨を述べたものと認めるのが筋合であつて、前述の発言をもつて、上林が被告石垣の「合意解除、権利放棄」の抗弁にかかるような意思表示をしたものと認めることはできない。

従つて、被告石垣の右抗弁はいずれも理由がない。

3、以上の事実関係によれば、被告石垣は原告との請負契約が存するのにかかわらず、特段の理由もないのに昭和三三年七月五日被告大田に本件工事を完成させる契約をし、同月一五日頃同被告から本件建物の引渡を受けた以上、被告石垣の故意又は過失により原告の被告石垣との本件請負契約に基く債務の履行は不能となつたものというべきである。

従つて、原告は本件請負契約に基く第四回工事代金請求権を失わないものである。

4、前述のとおり、原告は被告大田が本件建物の残工事を完成させたことにより、原告は本件請負契約に基く残工事をする債務を免れたことは明白である。

第三者作成にかかり真正に成立したものと認める丙第三号証の二、五、九、一一、一三ないし二一、二三ないし二八、被告大田本人尋問の結果(第一回)、被告石垣本人尋問の結果を綜合すれば、次の事実が認められる。

(一) 被告大田は昭和三三年七月五日被告石垣と、当時工事中止中であつた本件建物を代金二二六、五〇〇円で当初の原告と被告石垣との請負契約どおりに完成する契約を締結したこと。

(二) 被告大田は右契約に基き原告と被告石垣との当初の契約どおりに本件建物を完成したこと(ただし、被告大田と被告石垣との間に若干の追加工事をする契約が結ばれ、その追加工事も行われた。)。

(三) 右(二)の工事施行のため、被告大田は別表(二)のとおりの費用を支出したこと(ただし、別表(二)には前記(二)の追加工事の費用は計上していない。)。

以上のように認められるのであつて、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

なお、原告は被告大田が右残工事をするに当つて、原告の資材を使用したと主張するが、原告会社代表者尋問の結果(第一、二回)によるも、被告大田が原告の資材を確実にこれだけ使つたと認定できる程の供述をしていないし、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

以上のように、被告大田が昭和三三年七月五日当時工事半ばであつた本件建物を原告と被告石垣との当初の請負契約どおりの建物に完成するため別表(二)のとおりの費用を支出した以上、他に反対に解すべき証拠のない本件においては、原告が右残工事を施行しても矢張別表(二)の費用を要したものと推認するのが相当である。

別表(二)の費用の合計は二二六五〇〇円を超えるものであることは算数上明白であるから、原告は本件請負契約に基く残工事をする債務を免れたことにより得た利益は第四回工事代金二二六五〇〇円を超え、従つて原告の右請負工事代金請求権は結局利得償還に基く損益相殺の結果消滅したものというべきである。

以上説明のとおり、原告の第四回工事代金二二六五〇〇円の請求は理由がない。

第三原告の被告大田に対する請求について

一  代金三〇万円の受領に関する不法行為、不当利得の主張について

被告大田が昭和三三年六月二九日被告石垣から同被告と原告との本件請負契約に基く第三回工事代金三〇万円を受領したが、これを原告に交付しなかつたことは当事者間に争がない。

被告大田が原告の代理人として被告石垣から前記工事代金を受領する権限を与えられた証拠がなく、また被告石垣の右支払が原告に対する弁済として有効であると認められる事情についても立証がないから、原告は被告大田が右代金を受領しながら、これを原告に交付しなかつたことによつては、右代金三〇万円の請求権を失うに至つたものではない。

従つて、被告大田の前記行為により前記三〇万円の工事代金請求権が侵害されたことを前提とする原告の不法行為の主張は理由がない。

また、被告大田が右三〇万円を受領したことは、原告の損失において、被告大田が利得したことには該当しないから、原告の三〇万円の不当利得の主張も理由がない。

二  報酬債権侵害等による不法行為の主張について

被告大田が原告と被告石垣との請負契約が存することを知りながら、被告石垣との請負契約に基き本件建物を完成せしめたからといつて、原告は、被告石垣との当初の請負契約に基く第三、四回工事代金請求権を失うものではないから、この債権侵害を前提とする原告の不法行為の主張は理由がない。

また被告大田が右残工事の施行に当つて、原告の資材を使用したというが、原告会社代表者はその尋問(第一、二回)においても、被告大田が少くともこれだけは確実に原告の資材を使用したと認定できる程の供述をしていないし、他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。

従つて、被告大田が原告の資材を勝手に使用したことを前提とする原告の不法行為の主張は理由がない。

三  従つて、原告の被告大田に対する請求はすべて理由がない。

第四結論

以上説明のとおり、原告の被告石垣に対する請求は金一〇一〇一三円およびこれに対する弁済期の後であつて本件訴状送達の後であること本件記録上明白な昭和三三年九月六日から完済まで年五分の割合による遅延利息の支払を求める限度において理由があるが、その余の請求は理由がなく、被告大田に対する請求はすべて理由がないから、これらの請求は棄却すべきものである。

よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九三条、第九二条、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 大塚正夫)

別表(一)<省略>

別表(二)<省略>

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